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「レタスバーガープリーズ.OK,OK!」1〜2巻
集英社
大好評発売中
1969年、長崎県諫早市出身。「レタスバーガープリーズ.OK,OK!」は現在『コーラス』にて緊張の初連載中!!
(本人記)

まず、漫画家になりたいと意識したのはいつ頃でしたか。

漫画家にはなりたいと言うよりも、なるもんだと思っていました、小学校の低学年くらいから。普通まわりの人が年取ったら自然におじいちゃんとかおばあちゃんになるじゃない。それと同じように私は漫画家になるんだと思ってて、自然の摂理だと思ってたの。子ども特有の勘違いって言うか、思い込みって言うか、そのまま疑いもせずずーっときたわけ。

私の最初の考えでは、いわゆる大御所の先生がみんなそうだったように16ぐらいでデビューして、就職もしないで、とか思ってた。だけど、どうも一向にそうはならなくて、なんかどうもちがうみたいだな、みたいな気はしていたけど、でも漫画家になるもんだとは思ってました。

どんな漫画を読んで育ったんですか。

一番最初に画として憶えているのは、『キャンディ・キャンディ』。いとこのお姉ちゃんちに置いてあって、その時にはまだマンガの読み方が分からなかった。うちの親は、(私が)小説とか読んでると怒るのに、漫画に関しては全然怒らない人たちで。本だとバカになるから読むなって言われてたんだよ。でも、漫画だけは無尽蔵に与えてもらってて、あれが読みたい、これが読みたいって言うと買ってきてくれた。その辺がよく分からない親なんだけど。漫画も父親が買ってくる『(漫画)エロトピア』とか『(漫画)アクション』とかがそこらじゅうにばんばん置いてあって、食卓の鍋敷きの代わりに『エロトピア』が置いてあるような家だったんで。子どもの時から『エロトピア』も見つつ、『りぼん』も見つつっていう、そういう現実じゃない世界の両方を見てたような感じ。漫画はそんな風に雑食できました。


デビューに至るまでの日々について聞かせて下さい。

苦しかったです。爪に火を灯し、辛酸も舐め…(笑)。今年[2001年]の3月に連載が始まったんだけど、バイトしないで生活できるようになったのがそれからなのよ。(漫画家さんの)アシスタントとかもやってたけど、派遣で売り子だったから、お洋服売ったりとか、次の日お弁当やおにぎり売ったり(笑)。アルバイトで一番長かったのが、古本屋さん。そんな感じでなんとか食べつないでおりました。

バイトとか働いてた時と比べて今何がいいかって言うと、目覚ましがいらないこと。好きな時に起きて、好きな時に寝てっていうのが出来るから。あと頭下げなくていいっていうのは、大きいよね。バイトしてたら、自分が悪くなくても便宜上雇い主やお客さんに頭を下げなきゃいけないけど。漫画家の場合だと、遅れたりすれば担当さんにごめんなさいって頭下げるけど、それはホントに自分で悪いと思ってるから。常に本心でいられるっていうのがラクだな。ほかの漫画家さん友だちも多いけど、喋っててすごいストレートだし、本音と建て前みたいのがないからラクだね。


デビューは、集英社『コーラス』の第2回コミック・オーディション。同期は誰がいましたか?

たけだ亜稀さんと、ジッパー・コミックで描いてる帯賀友紀さん。たけだにしても帯賀にしても、年齢が同じくらいなのよ。あの2人もほとんど境遇が一緒で、いろんな出版社に持っていって、いいトコまでいくんだけどデビューできないっていうのをずっと続けてきて。やっとコーラスでひっかかったような3人組だから、異常に仲がいいって言うか…。

3人とも社会経験がある人たちで、働いた後に漫画家でデビューしてるから、妬みとか嫉みとかがないの。例えば一番最初に単行本が出たのはたけだ亜稀なんだけど、そのことに関してホント私も帯賀も「おめでとう」って気持ちだったから。普通だと嫉妬がらみで陰口とか、色々そういう裏のグタグタしたのがあるらしいんだけど、たまたまさっぱりした人々が同期で、お互いの成功を喜び合えてるんでよかったな。

ペンネームは、本名?

本名。「松田」が気に入っているのよ、松田優作の松田だから。まぁ私も結婚するかもしれないから、そうすると苗字が変わるでしょ。今のところだと。で、なんとしてでも松田だけは残しておきたいってのがあって、結婚してもペンネームとして残るから。あと、字面の据わりがいいって言われたんだ、人に。だから別にこれでもいいんじゃないかと言われて。深く考えずにやったけどね。



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